お金をかけて健康経営を行い、従業員の健康を守ることは、本当に会社にメリットがあるのか。経営者や健康施策の担当者であれば、費用対効果は当然気になるところです。本記事では健康経営支援サービス「ビズリフレ」の健康経営アドバイザー・大住奈保子さん監修のもと、健康経営の実践が企業にもたらす4つのメリットについて、具体的なデータをもとに解説します。
監修者紹介
健康経営支援サービス ビズリフレ 健康経営アドバイザー
大住 奈保子(おおすみ・なほこ)
1984年、京都府生まれ。大阪市立大学文学部哲学歴史学科卒業。出版社勤務を経て2015年にフリーの編集者・ライターとして独立、2017年に株式会社Tokyo Editを設立。現在代表。ソフトウェア開発や企業の集客に役立つWebコンテンツ制作、リラクゼーションサロンの運営などの事業を展開する。2023年に健康経営関連をはじめとした資料作成代行サービス「atDOCUMENT(アットドキュメント)、2025年に企業向け出張整体を手がける「整体サロンwarm forest」と健康経営支援サービス「ビズリフレ」を開始。健康経営アドバイザーとして企業の健康経営を支援している。
健康経営が重要である理由
現代のビジネスシーンにおいて、健康経営は単なる福利厚生の枠を超え、企業の成長を左右する経営戦略の核となっています。その背景には、企業の評価基準が「目に見える資産」から「人という資本」へとシフトしたことがあります。
人的資本経営の土台であるため
政府が推進する「人的資本経営」において、従業員はコストではなく、価値を創造する「資本」そのものであるとされています。従業員の心身の健康を支えることは、人的資本の価値を最大限に引き出し、生産性向上やイノベーションの創出、さらには優秀な人材の定着(離職率低下)に直結します。
ESG投資の評価対象となっているため
近年の企業は、数値化が難しい非財務情報の開示も重視されるようになっています。健康経営は、「環境」「社会」「ガバナンス」を考慮して行われるESG投資において、「社会」の極めて重要な評価指標です。従業員の健康を経営課題として捉える姿勢は投資家から評価されやすく、資金調達や企業ブランドの向上に大きな優位性をもたらすでしょう。
企業が健康経営に取り組むメリット
1.労働生産性の向上
従業員の健康状態は、会社の業績に直結します。従業員の体調不良による経済的損失を考える際、多くの人は「病気で会社を休むこと(=アブセンティーズム)」を想像しがちです。
しかし実は、「出勤はしているが、不調により生産性が低下している状態(=プレゼンティーズム)」による損失の方が、経営へのインパクトはずっと大きいことが分かっています。そのため、プレゼンティーズムの段階の従業員を健康経営でケアすることは、従業員ひいては企業全体の生産性向上につながるのです。
参考文献
健康経営優良法人認定事務局編「健康経営ガイドブック」
健康リスクと生産性の関係
アブセンティーズムやプレゼンティーズムは、従業員の健康リスクが高まるほど悪化します。企業は、以下の9項目で自社の従業員の「健康リスク」を評価し、レベルに応じた対策を行うことが重要です。
【図表1】健康リスク評価9項目
| 項目 | 内容 |
| ① 主観的健康感 | 自分が健康だと感じているか |
| ② 仕事満足度 | 現在の仕事に満足しているか |
| ③ 家庭満足度 | 家庭生活に満足しているか |
| ④ ストレス | 仕事や日常でストレスを感じているか |
| ⑤ 喫煙習慣 | 喫煙の有無・頻度 |
| ⑥ 飲酒習慣 | 飲酒の頻度・量 |
| ⑦ 運動習慣 | 定期的な運動を行っているか |
| ⑧ 睡眠習慣 | 睡眠の質と量は十分か |
| ⑨ 不定愁訴 | 慢性的な疲労感やだるさなどがあるか |
参考文献
経済産業省「健康経営の推進について」
日本労働研究雑誌「中小企業における労働生産性の損失とその影響要因」
健康リスクのレベルに応じた対策
健康リスクの高低によって、現れる問題と有効な対策が異なります。具体的には下記のとおりです。
- 高リスク層(アブセンティーズム)
- 問題: 健康リスクが一定レベルを超えると、欠勤が急増する。
- 対策: 健康リスクレベルが高い者を重症化させないためには、医療的な介入や保健指導が有効である。
- 低・中リスク層(プレゼンティーズム)
- 問題: パフォーマンス低下状態は、健康リスクレベルの上昇に伴って徐々に増えていく。
- 対策: 若年層を含めた、まだ健康リスクレベルが低い段階からの予防的な働きかけが重要となる。
健康リスクによる損失コストの差は3倍にも
ある研究によると、健康リスクレベルによって、従業員1人あたりの年間損失コスト(アブセンティーズムとプレゼンティーズムの損失コストの合計)には大きな差が出ることが判明しました。
- 低リスク者: 年間平均 約59万円(アブセンティーズム:2.4万円、プレゼンティーズム:56.4万円)
- 高リスク者: 年間平均 約172万円(アブセンティーズム:12.3万円、プレゼンティーズム:159.4万円)
この結果から、高リスク者は低リスク者に比べ、約3倍もの損失コストが発生している計算になります。また、プレゼンティーズムだけの損失コストでも、高リスク者と低リスク者との間で1人あたり年間約100万円の差が生じているという調査結果もあり、健康経営による改善効果がいかに大きいかが分かります。
参考文献
健康経営優良法人認定事務局編「健康経営ガイドブック」
厚生労働科学研究成果データベース「健康経営を実践する中小企業を対象とした労働生産性とその影響要因に関するコホート研究」
日本労働研究雑誌「中小企業における労働生産性の損失とその影響要因」
生産性向上に向けた具体的なアプローチ
生産性低下の主な原因には以下のようなものがあり、それぞれに異なった対策が求められます。
- メンタルヘルス不調
- 特徴:プレゼンティーズムに直結しやすい。
- 対策:ストレスチェックの実施。相談窓口の設置。メンタル関連の社内教育。
- 腰痛・頭痛などによる慢性的な体調不良
- 特徴:デスクワークなどで発生することが多い。
- 対策:職場でのストレッチの実施など。
加えて、若年層や女性の従業員は、病欠こそ少ないものの、不調を抱えながら働く割合が高い傾向にあることもわかっています。こうした状況を受けて、経済産業省でも「業務パフォーマンスの可視化」を進めています。その一環として、「健康経営優良法人(ホワイト500)」の認定においては、2024年より以下の指標を開示していることが必須要件となりました。
- アブセンティーズムの損失 = アブセンティーズムの日数 × 総報酬日額
- プレゼンティーズムの損失 = プレゼンティーズムの日数 × 総報酬月額
参考文献
厚生労働省「令和5年『労働安全衛生調査(実態調査)の概況』」
2.従業員の活力向上
健康経営の促進は、従業員のマイナス(不調)な状態をゼロにするだけでなく、プラス(活力)を生み出します。 ここで重要になるキーワードが「ワーク・エンゲージメント」です。
ワーク・エンゲージメントとは
ワーク・エンゲージメントとは、以下の3つが揃った積極的で充実した心理状態のことです。
- 熱意: 仕事に誇りややりがいを感じている
- 没頭: 仕事に熱心に取り組んでいる
- 活力: 仕事から活力を得ていきいきとしている
ワーク・エンゲージメントが高い従業員は、ストレスが低く、仕事の満足度やパフォーマンスが高い傾向にあります。
参考文献
厚生労働省「ワークエンゲージメントとは」
ワーク・エンゲージメントが高まることによる効果
健康経営によって従業員のワーク・エンゲージメントが高まると、「人材の定着」という効果が期待できます。
離職率が高い企業は採用・教育コストがかさむばかりで、ノウハウは蓄積されず、技術伝承も途絶えてしまいます。しかし、健康経営によりワーク・エンゲージメントを高めることができれば、従業員は「働きやすい職場」だと感じて定着するようになるでしょう。
また、ノウハウや技術を持つ中高年社員に健康支援を行うことで、病気などでパフォーマンスが落ちることを防ぎ、若手社員へのスムーズな継承につながります。
3.経営リスクの低減
前2つは主に従業員レベルでのメリットでしたが、企業全体で得られるメリットもあります。それは、「守り」の観点からのメリットです。健康経営に取り組むことは、企業経営につきまとう様々なリスクを低減させます。
① 労災リスクの低減
労働災害(労災)は、従業員という大切な人材を失うだけでなく、企業に「4つの責任」を発生させます。
【図表2】労災により生じる4つの責任
| 責任の種類 | 内容 |
| 刑事上の責任 | 労働安全衛生法違反などにより、罰則(懲役・罰金)が科せられる可能性がある。 |
| 民事上の責任 | 安全配慮義務違反として、被災者や家族から損害賠償請求がなされる場合がある。 |
| 行政上の責任 | 機械設備の使用停止命令や、取引先からの指名停止処分を受けることがある。 |
| 社会的責任 | 報道やSNSでの批判により、顧客離れや従業員の離職、採用難を招く。 |
2024年のデータを見ると、労災による死者数は過去最少(746人)でしたが、休業4日以上の死傷者数は135,718人と4年連続で増加しています。 特に転倒事故が増加しており、業種別では製造業や建設業などで多発しています。
また、近年増えている外国人労働者(技能実習生など)への対応も急務です。文化や習慣の違いに配慮し、健康診断の目的などを丁寧に説明して健康リスクを管理する必要があります。
参考文献
厚生労働省「令和6年における労働災害発生状況について(確定)」
② 感染症リスクへの備え
新たな感染症の流行に備え、感染症BCP(事業継続計画)を作成することも健康経営の一部です。平時の予防対策と、発生時の被害最小化プランを持っておくことは、企業の社会的責任でもあります。具体例として、以下のような施策が挙げられます。
- テレワークや時差出勤を円滑に導入できるIT環境の整備
- ワクチンの職域接種
- 検温・換気の徹底 など
こうした備えは、有事の際に従業員の雇用と安全を守るだけでなく、「会社が自分を守ってくれる」という安心感を従業員に与え、組織に対する信頼とエンゲージメントを高めることにもつながります。
4.社会的評価と企業イメージの向上
健康経営に取り組むことは、社内だけでなく社外にも強い影響を与えます。特に、健康経営優良法人の認定を取得して企業の社会的評価やイメージが向上することにより、以下のようなメリットが期待できます。
- 知名度の向上: 認定取得によって国(経済産業省)からの公的なお墨付きが得られ、高いPR効果となる。
- 財務面の優遇: 自治体や金融機関等からの融資で金利優遇が受けられたり、公共事業の入札において認定取得が加点対象となる場合がある。
- 採用力の強化: 認定取得によって、ハローワークの求人票に認定ロゴを記載できるため、採用力の強化につながる。「従業員を大切にするクリーンでホワイトな会社」というイメージが定着し、求職者が集まりやすくなる。
従業員にとっての健康経営に取り組むメリット
健康経営を成功させるには「現場の協力」が不可欠です。そのため、健康経営が従業員にどのようなメリットを与えるかを具体化すると、社内への浸透スピードが上がり、協力してもらいやすくなるでしょう。従業員向けのメリットとして、以下のようなものが挙げられます。
- 心身の不調が未然に防止されることにより、仕事に対する意欲が向上する。
- 健康施策を通して従業員同士がコミュニケーションをとる機会が増え、職場の人間関係が円滑化していく。
- 自身が「会社から大切にされている」という実感を得られる。
- 残業時間の削減や有給休暇の取得推奨により、プライベートや休息の時間が確保しやすくなる。
- テレワークや時差出勤などの選択肢が広がり、個々のライフスタイルに合わせた働き方ができるようになる。
健康経営はスモールスタートから
健康経営は、従業員の健康を守るだけでなく、「労働生産性の向上」「従業員の活力向上」「経営リスクの低減」「社会的評価と企業イメージの向上」というメリットを得られる経営戦略です。とはいえ、何から始めればいいかわからないという方もいるはず。その場合、まずは以下のように小さな施策から始めてみましょう。
- 階段利用を促すステッカーを貼る。
- ラジオ体操やストレッチを朝礼に取り入れる。
- 自動販売機のラインナップに特保飲料や低糖質飲料を増やす。
さまざまなメリットが期待できる健康経営ですが、いきなり大掛かりなことから始める必要はありません。今日からでも始められそうなスモールなスタートが、やがては企業に大きな利益をもたらしてくれるでしょう。

