「健康経営」は、企業の自主的な戦略としての側面が強いですが、その推進にあたっては「法令遵守(コンプライアンス)」が不可欠です。労働基準法や労働安全衛生法などの法律を守れていない状態で健康経営を謳っても、砂上の楼閣にすぎません。本記事では、健康経営支援サービス「ビズリフレ」の健康経営アドバイザー・大住 奈保子さん監修のもと、健康経営に取り組むうえで必ず押さえておくべき主要な法令とそのポイントを解説します。
監修者紹介
健康経営支援サービス ビズリフレ 健康経営アドバイザー
大住 奈保子(おおすみ・なほこ)
1984年、京都府生まれ。大阪市立大学文学部哲学歴史学科卒業。出版社勤務を経て2015年にフリーの編集者・ライターとして独立、2017年に株式会社Tokyo Editを設立。現在代表。ソフトウェア開発や企業の集客に役立つWebコンテンツ制作、リラクゼーションサロンの運営などの事業を展開する。2023年に健康経営関連をはじめとした資料作成代行サービス「atDOCUMENT(アットドキュメント)、2025年に企業向け出張整体を手がける「整体サロンwarm forest」と健康経営支援サービス「ビズリフレ」を開始。健康経営アドバイザーとして企業の健康経営を支援している。
健康経営に法令に関する知識が必要な理由
【図表1】健康経営を構成する要素

健康経営は、従業員の健康増進を通じて企業の生産性を高める重要な「投資」です。ただ、その戦略を進めるうえで、労働基準法や労働安全衛生法などの法令を遵守することが欠かせません。
法的義務を疎かにしたまま健康施策を講ずると、いずれは長時間労働やハラスメントなどが発生し、企業の社会的信用は失墜したり、甚大な損害賠償リスクを負ったりすることになりかねません。
法令を正しく理解することは、そうしたリスクを回避する「守り」を固めるだけでなく、自社の課題を可視化し、実効性の高い健康施策を導き出す「攻め」の第一歩となります。法令という土台を固めることで、持続可能な健康経営が実現するのです。
1.労働基準法
労働基準法は、賃金や労働時間など、労働条件の最低基準を定めた法律です。健康経営においては、長時間労働の防止や十分な休息の確保が重要となります。この法令で特に意識すべきポイントは下記のとおりです。
① 労働時間・休日の原則
原則として、使用者は労働者に以下の時間を超えて労働させてはなりません。
【図表2】法定労働時間・休憩・休日のルール
| 項目 | 原則的なルール |
| 法定労働時間 | 1日8時間、週40時間 |
| 休憩時間 | 労働時間が6時間を超える場合:45分以上 労働時間が8時間を超える場合:1時間以上 (労働時間の途中に与える必要がある) |
| 休日 | 毎週少なくとも1日 または 4週間を通じて4日以上 |
参考文献
厚生労働省「労働時間・休日」
② 時間外・休日労働(36協定)
労働者を、法定労働時間を超えて働かせる場合(残業)や休日に働かせる場合は、事前に「36(サブロク)協定」を締結し、労働基準監督署へ届け出なければなりません。 働き方改革関連法により、この残業時間には上限規制が設けられています。なお、上限規制に違反した場合は罰則が科されるので注意が必要です。
- 原則的な上限: 月45時間、年360時間
- 特別条項(臨時的な特別の事情がある場合)での上限: 年720時間以内、単月100時間未満(休日労働含む)など
参考文献
厚生労働省「36(サブロク)協定とは」
厚⽣労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「時間外労働の上限規制わかりやすい解説」
③ 変形労働時間制・裁量労働制など
業務の繁忙期・閑散期に合わせて、労働時間を柔軟に配分する制度です。
- 変形労働時間制: 1ヶ月や1年単位で平均して週40時間を超えなければ、特定の日や週に法定労働時間を超えてもよいとする制度。
- フレックスタイム制・裁量労働制: 労働者が、始業時刻・終業時刻や時間配分を主体的に決定できる制度。
参考文献
大阪労働局「変形労働時間制と裁量労働制(労働時間の例外)」
④ 年次有給休暇
雇入れから6ヶ月継続して勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者が、賃金を受け取りながら休暇を取得できる休暇です。労働者の心身の疲労回復において重要な権利です。
【図表3】年次有給休暇の付与日数(一般の労働者の場合)
| 勤続年数 | 0.5年 | 1.5年 | 2.5年 | 3.5年 | 4.5年 | 5.5年 | 6.5年以上 |
| 付与日数 | 10日 | 11日 | 12日 | 14日 | 16日 | 18日 | 20日 |
参考文献
厚生労働省「年次有給休暇取得促進特設サイト 年次有給休暇とは」
⑤ 妊産婦等・年少者の保護
企業は労働者使用において、下記の内容に注意する必要があります。
- 妊産婦等: 妊娠中・産後1年以内の女性を、危険有害業務(例:重量物を取り扱う業務、有毒ガスを発散する場所での業務)に就かせてはなりません。
- 年少者(18歳未満): 原則として、時間外・休日労働、および危険有害業務に就かせてはなりません。
参考文献
厚生労働省「働く女性の母性健康管理措置、母性保護規定について」「妊産婦等の危険有害業務の就業制限」
厚生労働省「年少者使用の際の留意点~児童労働は原則禁止!!~」
2.労働安全衛生法
職場における労働者の安全と健康を確保するための法律です。健康経営の実務に最も直結する法律といえます。
① 衛生管理体制の整備
事業場の規模に応じて、以下の担当者や機関を設置する義務があります。
- 常時使用する労働者数が10〜49人の事業場: 衛生推進者
- 常時使用する労働者数が50人以上の事業場: 産業医、衛生管理者、安全衛生委員会
参考文献
厚生労働省 東京労働局「総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者、産業医のあらまし」
中央労働災害防止協会 安全衛生情報センター「労働安全衛生法 第三章 安全衛生管理体制(第十条-第十九条の三)」
②~④ 労働衛生の3管理・5管理
事業者は、有害物による健康障害防止措置や健康診断の実施などが義務付けられています。これらは「労働衛生の3管理・5管理」という考え方に基づいています。
【図表4】労働衛生の3管理・5管理とは

また、具体的に企業に義務付けられている健康確保措置は以下の通りです。
【図表5】労働者の健康確保で企業に義務づけられていること
- 安全衛生教育の実施義務
- 中高年齢者などに対する配慮義務
- 作業環境測定義務
- 作業の管理義務
- 健康診断実施義務(一般健診、特殊健診など)
- 健康診断実施後の事後措置義務(就業区分の判定など)
- 長時間労働者に対する面接指導などの実施義務
- ストレスチェック(心理的な負担の程度を把握する検査)の実施義務 ※50人以上
- 病者の就業禁止にかかる措置義務
参考文献
⑤ 快適な職場環境の形成(努力義務)
法律では「健康確保」に加え、「健康保持増進」や「快適な職場環境の形成」も努力義務とされています。経済産業省は、具体的なアクションとして以下を提示しています。
【図表6】「健康経営オフィス」の7つの行動と指針
| 行動指針 | 内容 |
| 快適性を感じる | 温湿度・照明・音環境などを最適化する |
| コミュニケーションする | 従業員同士の会話が生まれる仕掛けを構築する |
| 休憩・気分転換する | リフレッシュできるスペースや制度をつくる |
| 体を動かす | 階段利用やスタンディングワークなどを推奨する |
| 適切な食行動をとる | 健康的な食事や飲料を提供する |
| 清潔にする | トイレや給湯室などの美化、感染症対策を実施する |
| 健康意識を高める | 健康情報の掲示や計測機器の設置を行う |
参考文献
経済産業省「健康経営オフィスレポート」
【あわせて覚えておきたい】安全配慮義務と自己保健義務
法令はあくまで「最低基準」です。これらを遵守していても、企業には民法上の「安全配慮義務」が問われることがあります。一方で、労働者自身にも自分の健康を守る「自己保健義務」があるという考え方も重要です。安全配慮義務の具体例は以下のとおりです。
- 作業環境整備義務: 健康上問題が生じない環境を整える
- 衛生教育実施義務: 危険や健康管理についての教育を行う
- 適正労働条件措置義務: 労働時間や休憩を適正に管理する
- 健康管理義務: 健康診断等で状態を把握・管理する
- 適正労働配置義務: 健康状態に応じて配置転換や負担軽減を行う
参考文献
3.その他の重要法令
労働者災害補償保険法
労働者災害補償保険法(労災保険法)は、労働者が業務上または通勤途中に負った怪我・病気・死亡に対して、迅速かつ公正に保険給付を行うための法律です。
企業に過失がなくても給付が行われる「無過失責任」の原則が適用され、さらに近年では、長時間労働による過労死や、パワハラ・過重労働に起因するメンタルヘルス不調も、業務との因果関係が認められれば支給対象となります。
参考文献
厚生労働省「労災補償」
男女雇用機会均等法
男女雇用機会均等法では性別を問わずに働ける環境の整備を求めており、これは健康経営の基盤となる「多様な人材の活性化」に直結します。具体的には、下記の内容が義務付けられています。
- 母性健康管理: 妊娠中・産後の通院時間の確保や、医師の指導に基づく勤務軽減措置(時差出勤、休憩延長など)
- ハラスメント対策: セクシュアルハラスメントやマタニティハラスメント(妊娠・出産を理由とする不利益取扱い)の防止措置
参考文献
厚生労働省「雇用における男女の均等な機会と待遇の確保のために」
労働施策総合推進法(パワハラ防止法)
2022年4月から、職場におけるパワーハラスメント防止措置が企業に義務付けられました。具体的には、下記の3要素を満たすものがパワハラと定義されます。
【図表7】労働施策総合推進法におけるパワハラの3要素
- 優越的な関係を背景とした言動であって
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり
- 労働者の就業環境が害されるもの
パワハラを放置することは、先述の「安全配慮義務違反」と見なされて法的責任を問われる可能性があります。
参考文献
政府広報オンライン「NOパワハラ なくそう、職場のパワーハラスメント」
高齢者の医療の確保に関する法律(高確法)
40歳以上75歳未満の被保険者を対象に、メタボリックシンドロームに着目した「特定健康診査(特定健診)」および「特定保健指導」の実施を、医療保険者(健保組合や協会けんぽなど)に義務付けた法律です。
健康経営では、企業と保険者が連携して従業員の健康増進に取り組む「コラボヘルス」が重要視されます。特定保健指導の実施率が低いと、保険者が負担する「後期高齢者支援金」が加算(増額)されるため、企業が高齢労働者の医療確保に協力することは、中長期的なコスト削減にも直結します。
参考文献
e-Gov法令検索「高齢者の医療の確保に関する法律」
厚生労働省「後期高齢者支援金の加算・減算制度について」
個人情報保護法
健康経営では、健康診断やストレスチェックの結果などのデータ活用が不可欠ですが、それらの健康データは、「要配慮個人情報」に該当するため、「個人情報保護法」では下記のように厳格な管理が求められます。
- 第三者への提供や利用には、原則として本人の同意が必要。
- オプトアウト(あらかじめ本人に通知し、拒否する機会を与えること)による情報提供は認められない。
先述の「コラボヘルス」で個人データをやり取りする場合は、労働者からの包括的な同意や、利用目的の周知が必要となります。
参考文献
健康増進法
健康経営においては、受動喫煙の防止につながる職場環境の整備も求められています。特に、2020年4月の改正「健康増進法」の施行により、多数の人が利用する施設(オフィス含む)は、原則屋内禁煙となりました。喫煙のためには喫煙室の設置が必要で、違反すると罰則が課せられる場合があります。
参考文献
厚生労働省「なくそう!望まない受動喫煙」
フリーランス保護法
2024年11月に施行された「フリーランス保護法」により、企業の従業員だけでなく、業務委託しているフリーランスに対しても、ハラスメント対策を行う体制整備(相談対応など)が義務化されました。具体的には、企業に対して過度な長時間労働や短納期発注の抑制などが求められます。
さらに、育児・介護・通院などとの両立に関する配慮義務も定められています。社外パートナーであるフリーランスの健康にも配慮した取引を行うことは、企業の社会的信頼の向上につながるでしょう。
参考文献
公正取引委員会「2024年公正取引委員会フリーランス法特設サイト」
4.働き方改革関連法
最後に、近年の法改正の総まとめである「働き方改革関連法」の目的を押さえておきましょう。
【図表8】働き方改革関連法の目的と施策
| 目的 | 主な施策 |
| ① 労働者が健康を確保し、能力を発揮できる制度構築 | ・長時間労働の罰則付き上限規制(中小企業における月60時間以上の時間外労働に対して割増賃金率を50%に引き上げ) ・年5日の年次有給休暇の確実な取得 ・勤務間インターバル制度の普及促進 ・産業医・産業保健機能の強化 ・高度プロフェッショナル制度の創設 |
| ② 雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保 | ・同一労働同一賃金(不合理な待遇差の解消) ・待遇に関する説明義務の強化 |
【図表9】2024年4月1日適用|時間外労働の上限規制と特例ルール
| 区分 | 年間の上限 | 月・その他の上限規制 |
| ① 法定労働時間 (基本のルール) | ― | ・1日8時間 ・週40時間 |
| ② 残業の原則 (36協定締結時) | 年360時間 | ・月45時間 |
| ③ 上限規制 (特別条項付き・臨時) | 年720時間 | ・月100時間未満 ・複数月平均80時間以内 ・月45時間を超えるのは年6回まで |
| ④ 自動車運転の業務 (2024年4月〜) | 年960時間 | ・特になし(一般則の月・複数月平均等の規制は適用外) |
| ⑤ 医師 (2024年4月〜) | 最大 年1860時間 ※地域医療確保暫定特例水準など | ・特になし(一般則の月・複数月平均等の規制は適用外) |
参考文献
法令遵守の先にある「健康経営優良法人」への道
労働安全衛生法などの法令遵守(コンプライアンス)は、あくまで最低限の土台に過ぎません。真の健康経営とは、これらの義務を企業の成長を支える「戦略的な投資」へと昇華させることです。
例えば、「健康診断の実施(義務)」だけで終わらせず、その後の「再検査勧奨や特定保健指導」を徹底することで、従業員の重症化を防ぎ、生産性の向上や離職率の低下、さらには採用力の強化へとつなげられます。義務を「コスト」ではなく、組織の活力を生む「資産」と捉え直すことが、認定取得への第一歩です。
「健康経営優良法人」の認定を受けることは、こうした真摯な取り組みを「見える化」し、社会的な信頼や優秀な人材の確保という大きな果実を得るための、戦略的なパスポートとなります。
健康経営において法令を守らなかったらどうなる?
健康経営において、義務付けられている健診やストレスチェックを怠れば、行政指導や罰則の対象となってしまいます。何より、財政面で大きなダメージを受けたり、従業員からの信頼を失ったりするでしょう。ここでは、健康経営に関する法令を守らなかった企業がどうなるのかを、判例を挙げて解説します。
長時間労働者の放置の判例
長時間労働を把握しながら適切な措置を講じないことは、「安全配慮義務」違反の典型例です。長時間労働者を放置したとして、安全配慮義務違反と判断された事件を1つ紹介します。
ある企業で、新入社員が極端な長時間労働と睡眠不足によってうつ病を発症し、自死に至りました。その過程において、企業側が「増大する業務を放置し、心身の健康を損なわないよう配慮する義務を怠った」と判断され、多額の損害賠償が命じられています。
参考文献
厚生労働省「過重労働 具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性」
メンタルヘルス不調者の放置の判例
メンタルヘルス不調のサインを把握しながら放置することも、「安全配慮義務」違反に直結します。メンタルヘルス不調者の放置が安全配慮義務違反と見なされた企業の判例を紹介しましょう。
この企業では、過重業務によりうつ病を発症して休職をくり返した労働者に対し、解雇を言い渡しました。最高裁判所は、「労働者のメンタルヘルスに関する申告がなくても、その健康状態が悪化していることを察知し得た」として、企業側が労働者の健康に対する配慮を怠ったと判断しました。結果、解雇を無効として多額の賠償を命じています。
参考文献
厚生労働省「メンタルヘルス 具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性」
健康経営の実務で迷いやすい法令に関するQ&A
ここでは、法令に沿った健康経営施策を進めるなかで悩みやすいポイントを、Q&A形式でまとめました。
テレワーク下での作業環境や労働時間管理も安全配慮義務に含まれる?
テレワーク下でも、企業は従業員に対する安全配慮義務を免れません。
厚生労働省のガイドラインでは、自宅などでも「VDT作業(パソコン作業)」に適した照明や机・椅子の確保を促すことが求められています。また、中抜き時間やサービス残業による長時間労働が常態化し、メンタルヘルス不調を招いた場合、企業は「実態を把握し、適切な措置を講じる義務を怠った」と判断されるリスクがあります。
物理的に目が届かない環境だからこそ、デジタルツールを活用した客観的な労働時間管理と、定期的なコミュニケーションによる不調の早期発見が健康経営の鍵となります。
参考文献
厚生労働省「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」
副業や兼業の労働時間はどう扱えばいい?
副業・兼業の場合、原則として、自社と他社の労働時間は通算して管理する必要があります。健康経営の観点でみると、総労働時間の把握を怠り、従業員が過労状態に陥るリスクを防ぐことが不可欠です。
厚生労働省のガイドラインに基づき、あらかじめ「自社での上限時間」を定める「管理モデル」の導入や、自己申告による適切なモニタリングが求められます。多様な働き方を支援しつつ、過重労働による健康障害を未然に防げる体制の構築が、企業の安全配慮義務の履行につながります。
参考文献
厚生労働省「副業・兼業」
守りの「法令遵守」と攻めの「健康経営」で企業を強くしよう
健康経営の成功には、個人情報保護法や労働安全衛生法などの法令遵守(コンプライアンス)が欠かせません。しかし、義務を果たすだけでは不十分です。
法的なリスクを回避する「守り」の姿勢を、健康経営施策を行う「攻め」の投資へ転換すること。これは、従業員だけでなく、企業自身のリスクマネジメントへとつながります。まずは法令を正しく理解し、自社の状況が法令に適合しているか、点検することから始めましょう。

