近年、労働者のメンタルヘルス不調が高まるなか、2025年5月の法改正により、これまで努力義務だった従業員50人未満の小規模事業所でも、2028年5月までにストレスチェックが完全義務化されます。人手不足に悩む中小企業こそ、従業員の心身の健康を守る「健康経営」へのシフトが急務です。この記事では、義務化の概要や具体的な進め方、公的支援の活用法を解説します。
監修者紹介
健康経営支援サービス ビズリフレ 健康経営エキスパートアドバイザー
大住 奈保子(おおすみ・なほこ)
1984年、京都府生まれ。大阪市立大学(現:大阪公立大学) 文学部哲学歴史学科卒業。出版社勤務を経て2015年にフリーの編集者・ライターとして独立。2017年に株式会社Tokyo Editを設立し、代表取締役に就任。ソフトウェア開発や企業の集客に役立つWebコンテンツ制作、リラクゼーションサロンの運営などの事業を展開する。2026年6月、社名を株式会社ビズリフレに変更し、健康経営支援事業を本格的に開始する。
従業員50人未満の事業所でもストレスチェックの実施が義務に
これまで従業員数50人未満の事業所では努力義務とされていたストレスチェックですが、2025年5月の法改正により、2028年5月までにすべての事業所での実施が完全義務化されることとなりました。
国が中小企業にまで義務化を広げる背景には、小規模な組織ほど深刻な「人手不足」と「高ストレス環境」があります。中小企業は人員に余裕がないケースが多く、従業員1人が休職・離職した際の影響は大きくなりがちです。さらに、近年は企業の規模を問わず、精神障害による労災認定件数が増加傾向にあります。そのため、早期に従業員のストレスの芽を摘むことは、企業の防衛策として欠かせません。
もしこの義務化を怠り、適切な対応を取らなかった場合は、以下のような重大なリスクを背負うことになります。
| 発生し得るリスク | 具体的な内容と企業への影響 |
| 法律上のペナルティ | ストレスチェックの義務化を怠ったり、労働基準監督署への報告義務に違反したりすることにより、罰金刑が科される可能性がある |
| 安全配慮義務違反 | 従業員のメンタルヘルス不調を放置して健康障害が生じた場合、民事上の損害賠償責任が発生する可能性がある |
| 経営・採用へのダメージ | 「社員を大切にしない企業」という悪評が広まり、離職率の上昇や採用難が悪化する可能性がある |
参考文献
e-Gov法令検索「労働安全衛生法」
厚生労働省「労働契約法の概要」
厚生労働省「労働災害の発生と企業の責任について 」
ストレスチェックの流れ
ストレスチェックを自社で導入する際は、法律で定められた手順を正しく踏む必要があります。実施にあたっては、従業員のプライバシー保護や不利益取扱いの禁止といったルールを徹底しなければなりません。従業員50人未満の事業所でも、以下の4つのステップに沿って進めることが義務付けられます。
| ステップ | 実施工程 | 義務の有無 | 地域産業保健センター(地さんぽ)の 無料支援範囲 |
| ① | 計画・準備 | 義務 | ・実施体制の構築に関する相談 ・窓口紹介 |
| ② | 検査の実施 | 義務※年1回以上 | -(自社または外部機関での対応) |
| ③ | 結果の本人への直接通知 | 義務 | -(自社または外部機関での対応) |
| ④ | 高ストレス者から申出があった場合の医師面接 | 義務 ※面接は従業員の申出が必要 | ・登録医師の派遣による無料の面接指導の実施 |
| ⑤ | 医師の意見聴取と必要な就業上の措置 | 義務 | ・登録医師の派遣による無料の面接指導の実施 |
| ⑥ | 集団分析 | 努力義務 | -(自社または外部機関での対応) |
| ⑦ | 集団分析に基づく職場環境改善 | 努力義務 | -(自社または外部機関での対応) |
| ⑧ | 労働基準監督署への報告 | 義務 ※従業員50人以上の事業所 | ・報告書作成のアドバイス ・手続きの相談 |
| ⑨ | ストレスチェック結果の記録 | 義務 ※実施事務従事者が5年間保存 | -(自社または外部機関での対応) |
①計画・準備
まずは、社内でストレスチェックの実施方針を定めて従業員に周知します。具体的には、実施者(医師や保健師など)の選定をはじめとする実施体制の決定、実施時期、結果の取扱いに関する社内規程の策定が必要です。従業員50人未満の事業所では産業医を雇うことが難しいため、地域の公的機関である「地域産業保健センター(地さんぽ)」への事前相談をおすすめします。体制づくりのアドバイスを無料で受けられるため、スムーズな立ち上げが可能です。
| 役割 | 主な担当内容 |
|---|---|
| 事業者 | 方針決定、体制整備、面接指導の手配、職場改善 |
| 実施者 | 調査票・判定基準の決定、結果評価、高ストレス者選定 |
| 実施事務従事者 | 配信、データ処理、本人通知などを実施者の指示で補助 |
| 面接指導医 | 高ストレス者への面接、会社への意見提出 |
| 衛生委員会(従業員50人以上の事業所のみ) | 実施方法、情報管理、集団分析方法などを審議 |
- 実施者になれるのはどんな人?
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実施者になれるのは、医師・保健師のほか、所定の研修を修了した看護師、公認心理師、精神保健福祉士、歯科医師です。普段の会社の雰囲気や課題を把握している人が望ましいので、自社に産業医がいる場合は産業医にお願いするのがよいでしょう。
- 実施事務従事者になれるのはどんな人?
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従業員に実施事務従事者を任せる場合、解雇・昇進・異動などの人事権を持っている人は避けましょう。健康経営支援会社やストレスチェック代行会社など、外部のスタッフに実施事務従業者を依頼することも可能です。
- 事業者が実施前に決めておくべきことは?
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次のような事項について役員会などで相談し、社内規定を定めておきましょう。特に高ストレス者の判定基準を、実施後に会社の都合で変更するのは不適切です。実施前に実施者に依頼して決定してもらいましょう。
- 実施時期と対象者
- 使用する質問票
- 実施者・実施事務従事者
- 高ストレス者の判定基準
- 結果通知と相談窓口
- 医師面接の申出方法
- 個人結果・集団分析結果の取扱い
- 記録の保存方法
- 職場環境改善の進め方
- 従業員にはどんなことを周知すればいい?
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従業員への受検案内では、少なくとも次の事項を明示しましょう。
- 制度の目的
- 回答結果は実施者が扱うこと
- 個人結果は本人に直接通知されること
- 本人の同意なく会社に提供されないこと
- 受検しないことや面接を申し出ないことを理由に不利益な扱いをしないこと
- 高ストレス者の場合は医師面接を申し出られること
- 集団分析では個人が特定されないようにすること
会社にはストレスチェックの実施義務がありますが、従業員側に受検を強制する規定はありません。受験案内時には「受検しない」という選択肢も取れることを周知しておきましょう。
②検査の実施
準備が整ったら、従業員に対して質問票を配布して回答を回収します。この検査は従業員のメンタルヘルスの状態を把握するための重要なステップですが、結果が事業主に筒抜けになってはいけません。回収したデータは、必ず医師や保健師などの「実施者」またはその指示を受けた実務担当者が厳重に管理します。従業員が安心して本音で回答できる環境を整えることが、正しい結果を得るための大前提です。
- ストレスチェックの質問票はどんなものがよい?
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ストレスチェックで使用する質問票は、厚生労働省が推奨している「職業性ストレス簡易調査票」を採用するのがおすすめです。一般的な57項目版のほか、より詳細に職場のエンゲージメントなどを測れる80項目版が用意されており、いずれも無料でダウンロードして利用できます。
ただし、必ずしも国が推奨している質問票をそのまま使わなければならないわけではありません。法律が求める「仕事のストレス要因」「心身のストレス反応」「周囲のサポート」の3領域が網羅されていれば、自社の課題に合わせて質問をカスタマイズすることも認められています。
③結果の評価と面接指導
回収した質問票を評価し、高ストレス者と判定された従業員へ個別に結果を通知します。このとき、本人から申し出があった場合は、医師による面接指導を受けさせなければなりません。小規模事業所にとって医師の確保は大きな壁となりますが、「地域産業保健センター(地さんぽ)」を活用すれば、無料で医師による面接指導を依頼できます。医師からの意見をもとに、必要に応じて残業の削減や就業場所の変更といった適切な措置を講じましょう。
- 検査や面接の結果データの閲覧権限は、どのように設定すればいい?
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ストレスチェックの結果やそれに伴う面接指導の結果は従業員の個人情報にあたるため、データの閲覧権限設定には細心の注意を払う必要があります。リスク管理の観点から、下記のような権限設定がお勧めです。
スクロールできますアカウント 個人回答 個人結果 受検状況 集団分析 面接情報 従業員本人 自分のみ 自分のみ 自分のみ 原則不要 自分のみ 企業担当者 × 本人同意時のみ ○ ○ 必要最小限 上司・所属長 × × 原則× 担当部署の匿名結果のみ 就業配慮事項のみ 実施者 ○ ○ ○ ○ 必要な範囲 実施事務従事者 担当業務の範囲 担当業務の範囲 ○ 担当業務の範囲 担当業務の範囲 面接指導医 必要な範囲 ○ 対象者のみ 必要に応じて ○ 通常のシステム管理者 × × 原則× 原則× × - 医師の面談にあたり、会社が準備しておくべきことは?
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医師はストレスチェックの結果だけではなく、普段の職場環境や働き方、生活習慣などさまざまな観点から面談を行います。そのため、対象従業員の次のような事項について社内データの確認や本人への情報提供依頼をしておくと、医師面談をスムーズに行うことができます。
- 勤務状況、残業時間、業務負担
- 心理的・身体的症状
- 睡眠、食欲、生活状況
- 職場の人間関係
- 過去の病歴・通院状況
- 就業継続上のリスク
④集団分析(努力義務)
ストレスチェックというと、高ストレス者を見つけて医師の面接指導につなげる制度という印象が強いかもしれません。しかし、本来の目的は、ストレスの原因となっている職場環境を改善し、メンタルヘルス不調を未然に防ぐことにあります。そのために行うのが「集団分析」です。
集団分析とは、ストレスチェックの結果を部署や職種、拠点などの集団ごとに集計し、その職場にどのようなストレス要因があるかを分析することです。厚生労働省が標準的な集団分析方法として示しているのが「仕事のストレス判定図」です。主に次の4つの要因を全国平均と比較し、職場の健康リスクを確認します。
- 仕事の量的負担
- 仕事のコントロール(自分の判断や裁量で仕事を進められる程度)
- 上司からの支援
- 同僚からの支援
57項目の職業性ストレス簡易調査票を使用している場合には、仕事のストレス判定図に加えて、19尺度ごとの結果も分析できます。これにより、仕事の適性、働きがい、対人関係、職場環境、心身の反応など、より具体的な課題を確認できます。
集団分析を行う5つのステップ
| STEP | やること | ポイント |
|---|---|---|
| 01 | 分析する集団を決める | 部署・職種・拠点などで区分。少人数の場合は複数部署をまとめる |
| 02 | 結果を比較する | 仕事のストレス判定図などを使い、全国平均や全社平均と比較する |
| 03 | 課題の原因を確認する | 残業時間、休暇取得状況、匿名アンケートなども併せて確認する |
| 04 | 改善施策を実施する | 業務量、人員配置、管理職の支援、相談体制などを見直す |
| 05 | 効果を検証する | 翌年の結果と比較し、施策の継続・修正を判断する |
- 中小企業で集団分析を行うときの注意点は?
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小規模な組織で集団分析をするときは、個人を特定できないよう配慮することが重要です。2027年4月1日からは、この点が労働安全衛生規則にも明記されます。
10人未満の集団(会社、部署、チーム、性別、年代など)では、個人が特定されるおそれがない方法で集計する場合などを除き、原則として分析結果を会社へ提供できません。10人未満の集団でなくても、部署名、役職、年代、性別などを細かく組み合わせると個人を推測できることがありますので、要注意です。
また、自由記述の回答には、本人や関係者を特定できる情報が含まれやすいため、そのまま経営者や管理職へ共有するのは避ける必要があります。
⑤労働基準監督署への報告
ストレスチェックの一連の手続きが完了した後は、所轄の労働基準監督署へ実施報告書を提出しなければなりません。従業員50人未満の事業所についても、完全義務化以降はこの報告書の提出までが必須の義務項目です。こちらのページ(厚生労働省サイト)から電子申請も可能です。「地域産業保健センター(地さんぽ)」では、報告書の書き方に関するアドバイスや窓口への提出に関する相談にも乗ってもらえるため、積極的に活用しましょう。
参考文献
厚生労働省 こころの耳「地域産業保健センター(地さんぽ)」
労働者健康安全機構「地域窓口(地域産業保健センター)」
厚生労働省「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」
厚生労働省「職業性ストレス簡易調査票(80項目)」
厚生労働省「ストレスチェック制度 Q&A」
ストレスチェック実施のスケジュール例
義務化にあたり、事業所はストレスチェックを年に1回、定期的に実施する運用サイクルを構築しなければなりません。行き当たりばったりで進めると業務を圧迫することになるため、年間スケジュールに組み込んで計画的に進めることが重要です。
具体的な1年間のタイムラインと、取り組むべきタスクは以下の通りです。
- 実施3ヶ月前:社内体制の確立と方針決定
- 社内規程の作成、または既存ルールの見直しを行う
- 地域産業保健センター(地さんぽ)への利用申込と医師の選定を進める
- 実施1ヶ月前:従業員への周知徹底
- ストレスチェックの目的や、プライバシー保護のルールをアナウンスする
- 質問票の配布・回収方法を確定させる(紙またはWeb)
- 実施月:検査の実施と回収
- 従業員へ質問票を配布し、期限を設けて回収する
- 未回答者への催促を適切に行い、受検率を高める
- 実施1ヶ月後:結果通知と面接指導の対応
- 実施者から従業員個人へ結果を個別に通知する
- 高ストレス者から申し出があった場合、医師による面接指導を実施する
- 実施2ヶ月後:労基署への報告書提出
- 実施結果をまとめた報告書を作成し、所轄の労働基準監督署へ提出する
義務化を機に「選ばれる企業」としての健康経営をスタートしよう
ストレスチェックの義務化は、中小企業にとって一見すると手間に思えるかもしれません。しかし、これを単なる「守らなければならない法律」とみるか、それとも「組織経営を強化するための投資」と捉えるかで、企業の未来は大きく変わります。
従業員のストレス状態を可視化して職場環境を整えることは、離職防止や生産性の向上に直結する重要なプロセスです。「従業員を大切にする会社」としての姿勢を社内外にアピールできれば、採用市場における大きな強みとなり、求職者から選ばれる企業へと成長できるはずです。公的機関の無料支援を賢く使いながら、ぜひ今すぐ健康経営の第一歩を踏み出してみましょう。

